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日記のようで雑記(ざっき)のような、とりとめのない何かです

書き始めたとき20才だったのに、すでにもう50才手前 時は残酷ですね。 読み返すと、何年の何月何日に何があったとか、役には立たないけど意外と貴重な情報残してたりして

2024年06月26日(ひっそりこのサイト25周年♪)

このサイト作ってもう25年だって、四半世紀。25年前は鎌倉市の実家暮らしで鎌倉駅前の紀伊国屋とかケータイの画面作りとかのバイト生活してて、21才だったのかな いまやもう46才。当時はみんなホームページ作ってレンタルサーバとかに置いてネットサーフィンつって何かのファン同士で掲示板BBSで繋がってたけど、もはや個人サイト置いてる人見かけないよね。あの頃はよかった・・とか言う旧世代オジサンまっしぐら。今思えばネット内も不自由多かったけどそういう細かい不自由さが凄い良かった 手作り感とか、その分結束力のような情のようなものが強かった気がするし。この前6/13かな、X旧ツイッターで他人の投稿に誰がいいねしたかがプライバシー保護の為とかいって無くなる事があったけど、ネットの中でも一度はなんでもアリみたいなことは既に起きてて、時代のこの生きづらさみたいな? プライバシーとかコンプライアンスとか〇〇ハラとかLGBTQとか当時そんな厳しくなかった規制の対象の変遷とこの25年の間に凄い感じ取ってきた感じ。あの頃BBSで繋がってた人達とちょいちょいオフ会みたいのやってたけど、今のそれに通じるSNSでの繋がりとか関係性が、そういうコンプラの厳しさの変遷の中でおっくうになっちゃったというか、歳のせいもあるんだろうけど敬遠気味になっちゃってる。若いころは元気だったな・・そんな25年の歳月 自分にも20才の頃があったんだっていう。

あの当時、掲示板行き来してた友達はみんな繋がりがほとんど消えちゃってる。でも、シングライクトーキング好きの同年代の人達はちょこちょこ場所というか媒体とか変わっても同じハンドルネームで見かけることあって、そういうのが凄い嬉しくてね すっごくね。ホームページからmixiに行って、ブログに行って、SNSに行って、て変わる中でも同じ趣味もってる人はだいたいどこ行ってもめぐり合うっていうか、ぼくも途中でくろさん から ちくぜん にネーム変えちゃったから向こうは気づいてなくてもこっちは憶えてるよみたいな感じ。みんなお元気そうで(涙)て。25年も経つとその中で亡くなったネット友達いるんだよね。同じシングライク友達だった人、病室の写真載せた闘病生活とか今もmixiとかXに残ってるんだけど、なんとも言えない気持ちになる。最近Xでも、末期の闘病生活で亡くなる人のツイートがおすすめで流れてきて、ちょこちょこ最期まで追って見守る事ちょいちょいあるんだけど、そういう人のツイートはだいたい死後に家族が代筆して「いついつ亡くなりました いついつにこのアカウント削除します」って事があるんだけど、消さなくていいんじゃない?て思ったりする。ネット内のみんなの生存の記録とかって、過去に次々消えていったブログなんか見てて思ってきたけど、サービス終了でデータが全部消されちゃうのって、もちろん各社サーバ運用の費用とか大変だししょうがないんだけど、みんなのたくさんの思い出とか記録とかふっとんじゃうことだし、それってものすごく勿体ないなって。それ考えると、できるだけ大きなサービス、長く続きそうなサービスに依存してた方がそういうもの守れそうなのかなとは思って。グーグル・アップル・・ サービスでいうとフェイスブック、X、インスタ。永続的ではないだろうしイーロンマスクがちょっと前に、一定期間使用されてないアカウントは消すみたいな事言ってたのどうなったのかわからないけど、その時にも結構議論というかみんなのツイート情報の貴重な財産みたいな話あちこちでされたけど、みんなの日々ネット上に残してる投稿がどれだけ尊いのかていう、まして亡くなった人達の投稿が個人個人の一般生活のそれに残されてない歴史の一つ一つだろうし、そう思うと、そういう考えのある企業のSNSとかに色々残しとくとあとあと良いのかなとは思う。25年後に自分の亡くなった親が書いてた投稿とか残ってたらもうそれはなんだろ、お墓みたいな物理的に存在するものより大切に思えそうで。て漠然とそういう事考えることあるけど、ここのホームページもそうだけど、個人で設置してるサイトってだいたい年契約とかでお金払ってもので、死んだりして引き落としが滞った時に真っ先にサーバから削除されるから、そういう事考えると記録残すことにはオススメできない場所ではあるんだよね笑  て別に死んでまで残しておきたい情報の一つもないんだけど、死んだら消えるって悲しいじゃんね。そんなこと思いつつ、このホームページ今も置いてる。

25年前ほんと無限に体力有り余って鎌倉の海岸沿い走ったりジョギング日課にしてた。気にして鍛えてないのもあるけど、あの頃よりだいぶ体力落ちまくってるけど今のところまだ大病はしてないのはありがたいところ。虫歯で神経抜いたりがあったくらいかな。20才の当時46才の自分が生きてる姿なんて想像できなかったけど、それよりもここからの25年なんて想像できない。46+25て81才・・絶対死んでるわこれ ね。 先週亡くなった叔父さん80才だったし

2024年06月23日(叔父の葬式)

てことで昨日の続き。叔父が16日に亡くなってお通夜に行ってきた うちの両親と一緒。川崎の津田山ってとこの葬儀場、夜6時。眠ってる叔父さん、思ってたより小さくなって凄い痩せてた。前の印象だと結構ぷくぷくしてたんだけど、奥さん亡くなってから早く奥さんのトコ行きたいとかヤケ酒みたいにお酒浴びてたとかって話。叔父に一人娘がいてぼくのイトコかなが喪主だった、その旦那と娘さん一人。以前亡くなったぼくの母親の姉の旦那と、うちの両親もだけど親戚連中みんな老けちゃってね〜 自分ももう50手前だしそう思われてるんだろうけど、みんなのあまりの老けようで叔父さん亡くなったこともそうだけどそっちの方がちょっとなんか、内心ショック大きくて。 日蓮宗のお坊さん2人で御経のハーモニーだった。南無妙法蓮華経〜南無妙法蓮華経〜南無妙法蓮華経〜って。なんとも。 昨日書いたとおりだけど、うち叔父夫婦とあんまうまくいってなかったから、明日の告別式はうちの両親出ないらしい、断ってた 一応実の兄なんだけど そうなんだと思って。つってぼくも出ないけど、明日朝9時開始って仕事あるし。という感じで。

投稿者: @chikuzem
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2024年06月22日(人生初の髪染めした、叔父の死去に伴い・・)

ここ書くの久々、2018年以来6年ぶり。〜 16日に叔父が亡くなった。母親から電話で、腎不全かなんかで入院してたけど亡くなったって。母親3人兄弟の一番下で叔父が一番上で77才とか言ってたかな? 滅多に会うこともなく、過去の親のいざこざまでいかないまでも色々あって疎遠でもないけど何かがないと会うことは無い感じ。叔父の奥さん、だから義理の叔母?が2年くらい前に転んで亡くなった時も自分は葬式出なかった、そんな関係。昔2001年頃だったかな、一人暮らし始めてて引っ越すってなった時に父親が色々で保証人ダメだったから叔父さんにお願いしたんだよね。叔父さん川崎の方で不動産屋の社長やっててまぁ頼もしい感じなんだけど、菓子折りもってアポとって不動産屋まで行ったんだけど叔父さん留守で代わりに叔母さんがサインとかしてくれたの憶えてる。それまで下の名前で呼ばれてたんだけど、電話口で〇〇君て苗字で呼ばれたんだけど、うちの家族快く思ってなかったんだろうな・・って。それから月日流れて数年前に、ここではたぶん書いてなかったけど母の3人兄弟の真ん中の姉が亡くなった時の葬儀の時に久々に会ったけど、まぁ普通に接してくれてた記憶はある。その時亡くなった姉が飛び降り自殺しちゃったんだよね。母親が精神的に荒れて参ったね。。Xとかamebaaとかに結構その時の事色々書いてはあったけど。 そんで明日23日にお通夜があるから親戚連中と久々に顔合わせるハメになったから、なんか老けたね〜とか思われるのもアレだからと思ってせめて髪の毛全部黒くしていこうと思い、お店で白髪染めみたいの買ってきた。40過ぎてからちょこちょこ白髪増えてきて、たぶん人より白髪になる速度遅くて遠目で見るとほぼ黒髪なんだけど近くで見るとまだらになぜか右側頭部に集中して白髪交じりな感じ。買ったのワンプッシュで簡単て書いてあったやつ。今まで生きてきて髪の毛一度も染めたことなかったのよね。白髪に油性マジックで一本とかす〜って塗ったこととかはあったけどw で、さっき意を決してでもないけどやってみた、なんで白い泡なのに黒くなるんだ??っていう長年の謎が少しわかった。白とクリームのやつが混ざると化学反応かなんかで黒くなるシステムなのね 知らんけど。12分とか付け置きして洗い流したらびっくりするくらい白髪が黒く染まった 簡単じゃん。どんだけ効果持つのかわからないけど、日頃から時々頭皮にお酢で毛穴洗いとかしてるけど、これ酢で髪洗いすると普通に染料一発で落ちちゃいそうとか思って。どうなんだろ